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展示品概說
草原の素朴なスタイル-中央アジア
イスラム文化の開花-南アジア
ムガール帝国玉器の典型
非典型的ムガールスタイルのインド玉器
ムガール帝国とオスマン帝国玉器-スタイルの比較
幾何学的な美学の極致-西アジアから東欧
香妃が開いた東アジアへの扉
金さえあれば鬼に臼をひかせることもできる-贋作
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イスラム文化の開花-南アジア

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1506年、しだいに国勢が衰えたティムール帝国はウズベク族によって滅ぼされました。1526年、ティムールの六代目の子孫にあたるバーブルが軍を率いてインドに侵攻し、ムガール帝国を建国しました。母方はモンゴルのチンギス・ハーンの血筋で、「蒙兀兒Mughal」は「蒙古Mongol」のインド音訳です。

十七世紀に至ると、ムガールは強大な帝国となり、今日のインド、パキスタン、アフガニスタン東端にまで領土を拡大しました。シャハーンギール(1605‐1627)とシャー・ジャハーン(1627‐1658)父子二代帝王の奨励の下、玉彫刻芸術は大きく発展しました。ムガール玉彫刻の最も大きな成果は、中国や中央アジア、インド、欧州などの多元的な芸術要素を融合させ、精巧で趣深く、生気溢れる作品を創造したことです。

南アジアの位置図_open new window

シャー・ジャハーンは、各種の芸術作品の創作を奨励したほか、大型の城や墳墓などの建造に熱中しました。シャー・ジャハーンは、生涯を通していとおしんだ妻で、39歳の時に難産で世を去ったムムターズ・マハル(Mumtaz Mahal)のため、夢の如くすばらしい宮殿のような墳墓─タージ・マハールを建造しました。展示室で神秘的かつ荘厳な墳墓の外観をご覧になれます。

十八世紀から十九世紀に至ると、ムガールの国力はすでに衰えていましたが、インドには有力な地方政権がいくつかあり、玉彫刻は各地で発展を続けたと思われます。そのため数え切れないほどの「非典型的ムガールスタイルのインド玉器」が出現したのです。

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展期:2007/08/19~2007/12/20 陳列室:306  Period:2007/08/19~2007/12/20 Gallery:306