清 艾啓蒙 百鹿図
艾啓蒙(1708-1780)、ボヘミア(現在のチェコ中西部地方)の人。カトリック教会イエズス会の宣教師。乾隆10年(1745)、皇帝の命を受けて北京に赴き、初めは造辦処で作画に励んでいたが、後に如意館に移された。人物の肖像や鳥獣を得意とし、郎世寧(カスティリオーネ)に師事した。カスティリオーネの画法にかなり近い。本作は、塞外の草原の風景を描いている。山全体を染め上げる赤や黄の葉、その間に遊ぶ鹿の群れ、あたりを駆け回る鹿、水浴びする鹿、地面に伏せて休む鹿、角を突き合わせて争う鹿等、様々である。艾啓蒙は西洋の技法を用いて毛皮の質感を表現している。鹿の足の輪郭線のタッチはやや弱い。山水と樹木、岩石は中国宮廷画家が描いたもので、合作である。
清 郎世寧(カスティリオーネ) 十駿犬茹黄豹
郎世寧(カスティリオーネ/1688-1766)、イタリアミラノの人。康熙、雍正、乾隆三朝に宮廷画家として仕えた。花鳥、犬馬を得意とし、緻密な筆遣いと濃厚な着色で、対象を正確に写実した。「十駿犬図」には、乾隆帝が南苑の狩場か囲場(王侯貴族専用の狩場)にて狩猟するのに伴うヨーロッパ産純血種の猟犬が描かれている。作品にはそれぞれ満州語、モンゴル語、漢語の標題があり、本作は第六幅である。
郎世寧は、満臣侍郎三和が献上した高貴な名犬の絵図を描くよう命を受けた。アオギリとザクロの花の上には一羽のカササギがおり、やや下を向いてさえずっている。振り返った猟犬はその様子をじっと見つめている。背景の山水は宮廷画家が描いたものである。この種の「中西が並び立つ」画風は、清宮廷絵画の典型的様式である。
清 旧洋画羅漢
清代の油絵の多くが肖像画か「貼落」という壁の装飾画だったため、現在ではあまり見られない。この油絵は高麗紙を使用しており、地の色は灰色の平塗り、中西の顔料を混ぜて使い、丁寧で柔和な筆遣いである。正面から光線を受けている人物の顔にはハイライトも陰影もなく、赤いマントと白い長衣は、色の深浅と陰影で立体感が表現されている。画中の人物は実物大に描かれており、濃い眉毛とくせのある髭という容貌は、版画に見られる西洋の宣教師のイメージに近い。ゆったりとした衣服を身に付け、腰を荒縄で縛っている。本来持っているはずの聖書と権杖は、数珠と龍杖に替えられている。17世紀後半から18世紀初頭の作品だと思われる。

