私は茶碗が好きです。日本の皆さんが抹茶を飲む時に使う茶碗です。お茶を入れた茶碗を両手で持ち上げると、落ち着いて満ち足りた気持ちになれます。茶碗を通して伝わってくるお茶の温かさにほっとします。この掌に感じる温もり─それをより正確に述べるならば、茶葉を粉末にして茶碗に入れ、熱い湯を注いで点てる喫茶方法は、今からおよそ1千年前の宋代(960~1279)という風雅で趣のある暮らしを求めた時代にまで遡ることができます。
お茶は宋代の人々にとって日々の暮らしに欠かせない大切なものでした。お茶を入れるのに使い、唇が触れる茶碗を宋代の人々は「茶盞(ちゃさん)」(茶碗)と呼び、当時の人々にとって最もなじみ深い器となりました。「盞」とは何だろうと思う方もいらっしゃるでしょう。「茶盞」に特定の形はなく、その多くは上部が幅広で下部がすぼまっており、漏斗や逆さにした「斗笠」の形を思わせます。本書に収録されている黒釉の作品は、形状は様々ですが、宋代の人々が慣習的に「盞」と呼んでいたもので、「盌(わん)」或いは「甌(おう)」と呼ばれることもありました。
茶盞の造形はごくシンプルで簡素な造りですが、だからこそ、陶工の力量が試されます。轆轤(ロクロ)の回転や手の動きから素地の成形などの技術に至るまで、一体どのようにして美しい曲線を描く作品を生み出したのでしょうか。茶盞の実用性を高め、より美しい見た目にするために、陶工は表面に釉薬を一層だけごく薄く施しました。それにより器の強度を高め、水漏れを防ぐだけでなく、色彩と光沢を放つ釉薬の質感が生み出されたのです。私たちはお茶を飲みながら茶盞の釉色を楽しむことができます。
「釉色」とは、陶磁器の表面を覆うガラス質の層の色を指します。釉の色調は作品の特色や個性であり、私たちに視覚的な楽しみを与えてくれます。宋代の陶磁器の釉色と言えば、静けさと素朴な雰囲気をかもす、汝窯の天青色を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。しかし、宋代の人々が茶盞を選ぶ時、真っ先に選ぶのは天青色ではなく、上品な青色や白色でもなく、ダークトーンの黒色だったと想像したことはありますか。
本書では、宋代の喫茶文化がどのように歴史を塗り替え、そこから黒釉茶盞の流行が生まれ、更には南北の窯場が競って制作するようになった状況をご紹介したいと思います。このほか、清朝宮廷から受け継がれ、現在は国立故宮博物院に収蔵されている全ての黒釉茶盞を例に、変化がないように見える黒釉の魅力は、異なる窯場の焼成技術や釉薬の配合、装飾方法、更には器の形との組み合わせによって、それぞれ独特の景色が生み出される点についてご説明します。
本書に収録されている清朝宮廷旧蔵品10点の極めて稀少かつ貴重な黒釉茶盞は、ガラス越しに見るだけでも、その優美な形や釉色に思わず足を止めてしまうほどです。もう少しよく見てみると、古代の人々が使用した痕跡も見て取れ、安らかな静けさも感じられます。この静けさを言葉で説明するのは困難ですが、形状の違いや釉色の変化、装飾方法などは、間違いなく茶盞の雰囲気や表情に影響を与えています。以下では、一見しただけでは、些細でほとんど目立たないような部分から、人を惹きつけてやまない黒釉茶盞の魅力や、陶磁器の長い歴史の中で放たれる優雅な微光を、ご自身の目を通してどのように楽しめばいいのか、皆さまを黒釉茶盞の魅惑の世界へとご案内します。